Matsuno-Lab

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Journalism & Media Studies


2004年5月から放送が始まった多摩探検隊は、今回制作体制を見直すことになり、今月の放送をもって休止とさせていただきます。多摩探検隊が始まってから早や15年が経ちました。これまで、地域に埋もれた話題や感動を掘り起こすことをテーマに、様々な取材を行ってきました。番組を通して、多くの人々と出会い、沢山の多摩の魅力と触れ合うことができました。今回の多摩探検隊では、「さようなら多摩探検隊、また逢う日まで」と題しまして、今までの多摩探検隊を、ゆかりのある方々と共に振り返ります。

# by matsuno-lab | 2019-03-03 03:58 | 多摩探検隊

拓魂 ーある満蒙開拓団員の証言ー(後編)東京都多摩市聖蹟桜ヶ丘にある拓魂公苑。毎年4月の第2日曜日に、全国拓魂祭が開かれます。満蒙開拓に関する慰霊祭で1963年から続いています。この慰霊祭に毎年参加しているのが中込敏朗さん。かつて中込さんは家族と共に憧れの地、満州へと渡りました。しかし、ソ連参戦によって、穏やかな生活は一瞬にして逃避生活に変わり、約8万人もの民間人の命が奪われました。満蒙開拓とは一体何だったのか。ある元開拓団員の証言をもとに描きました。後編では、中込さんの家族との再会、満州からの引き上げ、そして那須での共同生活を描きます。


# by matsuno-lab | 2019-02-01 11:39 | 多摩探検隊


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

今年4月から、新学部「国際情報学部」に移籍します。
「総合政策学部」には15年お世話になりました。
「国際情報学部」は、ICT、情報法、メディア、グローバル教養などを内容とする学部です。

キャンパスは、市ヶ谷田町です。中央大学としては、約40年ぶりの都心学部となります。

http://www.chuo-u.ac.jp/access/ichigayatamachi/

よろしくお願いします。

http://www.chuo-u.ac.jp/academics/faculties/itl/teacher/teacher01/


# by matsuno-lab | 2019-01-19 23:51 | ニュース

恭賀新禧

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# by matsuno-lab | 2019-01-01 14:06 | ニュース

拓魂 ―ある満蒙開拓団員の証言―(前編)東京都多摩市聖蹟桜ヶ丘にある拓魂公苑。毎年4月の第2日曜日に、全国拓魂祭が開かれます。満蒙開拓に関する慰霊祭で1963年から続いています。この慰霊祭に毎年参加しているのが中込敏朗さん。かつて中込さんは家族と共に憧れの地、満州へと渡りました。しかし、ソ連参戦によって、穏やかな生活は一瞬にして逃避生活に変わり、約8万人もの民間人の命が奪われました。満蒙開拓とは一体何だったのか。ある元開拓団員の証言をもとに描きました。前編では、中込さんと家族が満州へ渡った経緯、満州での生活、ソ連軍の満州侵攻までを描きます。

# by matsuno-lab | 2019-01-01 13:57 | 多摩探検隊

2017年7月14日、東京都八王子市とドイツのヴリーツェン市が友好交流協定を締結しました。協定が結ばれた背景には、第二次世界大戦後のヴリーツェン市で、八王子市出身の肥沼信次医師が多くのチフス患者を救ったという歴史的事実がありました。今回の多摩探検隊は、肥沼の偉業とヴリーツェン市の肥沼に対する思いとともに、肥沼の生き方を後世に語り継ごうと奮闘してきた八王子市の人々の思いに迫ります。

# by matsuno-lab | 2018-12-01 00:01 | 多摩探検隊

FLP松野ゼミが制作したドキュメンタリーが「地方の時代」映像祭(NHK、民放連など主催)で奨励賞を受賞!


中央大学FLPジャーナリズムプログラム松野ゼミの学生が制作したドキュメンタリー「『私は何者であるのか…』―ある台湾人学徒の証言―」が、第38回「地方の時代」映像祭2018(NHK、民放連など主催)において、「奨励賞」を受賞いたしました。映像祭には本年度293作品の応募があり、本ドキュメンタリー作品は、市民・学生・自治体部門での受賞となりました。贈賞式は、11月10日、関西大学千里山キャンパスで行なわれました。

<「地方の時代」映像祭サイト>
 https://www.chihounojidai.jp/

# by matsuno-lab | 2018-11-18 14:57 | 受賞

再起~あるムエタイ選手の挑戦~
高平大需選手は八王子市在住の35歳のプロのムエタイ選手です。2015年夏に試合に向けた減量のために体調を崩し、医師に再起不能と宣告されました。しかし、苦難を乗り越えてもなお、日本チャンピオンを目指すために、リングに上がり続けています。彼はなぜ、それでもなおリングに上がり続けるのでしょうか。倒れても倒れても戦う大需選手の挑戦の日々を、追いました。

# by matsuno-lab | 2018-11-01 22:20 | 多摩探検隊

1964年4月5日、町田市の商店街に一機の米軍戦闘機が墜落しました。「町田米軍機墜落事故」です。多くの被害を出したこの事故から半世紀が経過し、事故を後世に伝えようと、市民団体が平和像を製作しました。しかし、平和像の設置について、市側は維持管理が難しいなどの理由で拒否しました。今回は、「町田米軍機墜落事故」を巡る住民と自治体の複雑な思いを描きます。

# by matsuno-lab | 2018-10-01 05:58 | 多摩探検隊

「私は何者であるのか…」-ある台湾人学徒の証言-(後編) 太平洋戦争末期、日本の戦況が悪化し、政府は学徒勤労動員を行いました。その対象は当時、日本の統治下にあった台湾からの留学生も例外ではありませんでした。中央大学に在学していた梁(りょう)敬(けい)宣(せん)さん(93)は、台湾人でありながら、日本人として戦争に参加しました。しかし、終戦後、中国人として「戦勝国」の人間という扱いを受けることになります。戦争を機に、日本と台湾の間で生きることになった梁さんは、「自分はいったい何者なのか…」という問いに一生苦しめられることになります。今回は、戦争に翻弄された元台湾人学徒の人生を追いました。後編では、終戦時の様子、愛する人との別れ、アイデンティティの葛藤、そして特別卒業証書授与までを描きます。

# by matsuno-lab | 2018-09-01 01:11 | 多摩探検隊

「私は何者であるのか・・・」-ある台湾人学徒の証言-(前編) 太平洋戦争末期、日本の戦況が悪化し、政府は学徒勤労動員を行いました。その対象は当時、日本の統治下にあった台湾からの留学生も例外ではありませんでした。中央大学OBの梁敬宣さん(93)は、台湾人でありながら、日本人として戦争に参加しました。しかし、終戦後、中国人として「戦勝国」の人間という扱いを受けることになります。戦争を機に、日本と台湾の間で生きることになった梁さんは、「自分はいったい何者なのか…」という問いに一生苦しめられることになります。今回は、戦争に翻弄された元台湾人学徒の人生を追いました。前編では、梁さんの生い立ち、勤労学徒時代の生活、そして終戦までを描きます。

# by matsuno-lab | 2018-08-01 01:01 | 多摩探検隊

後編では異文化交流を経て、町民の外国人観光客への印象の変化を描きます。

# by matsuno-lab | 2018-07-01 00:01 | 多摩探検隊

福井県高浜町。国際認証を取得した観光地があるのにもかかわらず、この町は観光客不足に悩んでいます。高浜町の住民たちは外国人観光客の受け入れを過度に身構えていました。そこで中央大学の中国人大学院生が中国語のプロモーションビデオを制作するため、高浜町を訪れました。1週間の異文化交流を経て両者の印象はどのように変化するのでしょうか。前編では中国人留学生から見た高浜町を描きます。

# by matsuno-lab | 2018-06-01 00:01 | 多摩探検隊

朝鮮戦争休戦間近の1953年6月18日、立川基地から飛び立った米軍大型輸送機グローブマスターが、現在の小平市に墜落。当時航空機事故史上最大の死者を出しました。多摩探検隊(第102回)で、同事故について取り上げ、番組サイトで配信を開始したところ、いくつかのコメントが寄せられました。コメントを辿っていくと、最終的に、アメリカに住む遺族の方々にたどり着きました。今回は、アメリカでの取材を踏まえ、米軍立川基地グローブマスター機墜落事故を、遺族の視点から見つめ直します。

# by matsuno-lab | 2018-05-02 01:32 | 多摩探検隊
JR中央線と京王線が合流する高尾駅のすぐ近くに、戦跡「浅川地下壕」がある。この浅川地下壕は、かつて東洋一と呼ばれた軍用機メーカー、中島飛行機株式会社の秘密地下工場として使われた。日本最大級の地下壕を短期間で掘削した本土決戦前の異常なエネルギーと、その浅川地下壕を保存しようとする人々の思いに迫る。


# by matsuno-lab | 2018-04-02 07:21 | 多摩探検隊
 2016年5月26日。日本最高齢のゾウはな子が69歳で永眠しました。はな子は、子ども達からの要望に応えて、敗戦後、日本に最初にやってきたゾウです。その存在は、多くの日本人に癒しと笑顔を与えました。しかし、ある出来事をきっかけに、はな子は「人殺しのゾウ」と呼ばれ、前後の足を鎖でつながれ檻に閉じ込められることになったのです。今回は、この1頭のゾウの波瀾万丈な物語に迫りました。



# by matsuno-lab | 2018-03-01 00:01 | 多摩探検隊

1943年10月、多くの日本人学生が出陣しました。いわゆる、「学徒出陣」です。しかし、日本人学生の他に、当時日本の統治下にあった朝鮮・台湾からの学生によるもう一つの学徒出陣がありました。彼らは「特別志願兵」として募集されましたが、「志願」とは表向きであり、実質的には半ば「強制」でした。現在ソウル在住の中央大学OB、 さん(93)も志願を強要されました。後編では、終戦後の生活、アイデンティティーの葛藤、そして平和への想いを描きます。

# by matsuno-lab | 2018-02-04 20:44 | 多摩探検隊

1943年10月、多くの日本人学生が出陣しました。いわゆる、「学徒出陣」です。しかし、日本人学生の他に、当時日本の統治下にあった朝鮮・台湾からの学生によるもう一つの学徒出陣がありました。彼らは「特別志願兵」として募集されましたが、「志願」とは表向きであり、実質的には半ば「強制」でした。現在ソウル在住の中央大学OB、黄敬(ファンギョンチュン) さん(93)も志願を強要されました。前編では、黄さんの中央大学での思い出、志願強要、農耕勤務隊員としての生活、そして、終戦までを描きます。

# by matsuno-lab | 2018-01-01 00:01 | 多摩探検隊

恭賀新年

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# by matsuno-lab | 2018-01-01 00:00 | ニュース

2017年夏。中国人留学生が、福井県高浜町を訪れました。1週間に渡って滞在し、町の魅力をリポートし、インバウンド用のVTRを制作しました。
これは、そのメイキングドキュメントです。

インバウンドは、今、全国の市町村がこぞって力を入れています。しかし、言葉の壁など、課題も多くあります。
このドキュメントが、少しでも参考になればと思います。

# by matsuno-lab | 2017-12-02 23:34

東京都武蔵野市。かつて、この地には軍用機のエンジンを製造する「中島飛行機武蔵製作所」がありました。戦時中、この工場で働いていたのは、まだ10代の「勤労学徒」でした。彼らの証言から、武蔵製作所の概要とともに、戦争の時代の記憶を描きました。

# by matsuno-lab | 2017-12-01 01:00 | 多摩探検隊




# by matsuno-lab | 2017-11-27 00:16
世界でもトップクラスの技術を誇る日本の宇宙開発。すべては「ペンシルロケット」と呼ばれる、僅か23cmの小型ロケットから始まりました。当時国分寺市で行われた実験に携わった、ロケット設計者の垣見恒男さんにお話を伺うとともに、近年国分寺市で子供向けに開催されている、簡易なロケット製作体験にも密着しました。

# by matsuno-lab | 2017-11-01 00:23 | 多摩探検隊



# by matsuno-lab | 2017-10-30 00:41

多摩有数の都市・立川市に、ヤギが飼育されている場所があった!約3万9000平米の広大な空き地に、なんと約20頭のヤギたちが!この土地は立川市の不動産会社「立飛ホールディングス」が管理しており、社員の我妻悟、藤島祐輔の両氏が日々ヤギの世話に励んでいる。なぜヤギを飼育しているのか、ヤギは何をしているのか、なぜ社員がヤギの世話をしているのか!それらの謎に迫ります。

# by matsuno-lab | 2017-10-03 13:24 | 多摩探検隊
「つなぎ―型染版画家田中清―」 日本の伝統的な染色技法である「型染め」。完成までに多くの手間と時間を要するため、現在ではその姿が失われつつあります。立川市在住の田中清さん(70)は、型染めの技術を版画に応用し、「型染版画」という芸術を生み出しました。「古いものがいらないんじゃない。それを踏まえて、今を作っていく」。伝統文化を新たな形で次世代につなごうとする田中さん。その技と思いに迫ります。



# by matsuno-lab | 2017-09-01 06:03 | 多摩探検隊
# by matsuno-lab | 2017-08-01 00:01 | 多摩探検隊
# by matsuno-lab | 2017-07-01 00:01 | 多摩探検隊
2015年11月、東京都狛江市立古民家園に『被ばく椋(むく)の木2世』と呼ばれる1本の椋(むく)の木が、一人の女性によって寄贈されました。この木の親木は、72年前長崎で被爆しましたが、その際一人の少女の命を助けました。その少女こそ、今回寄贈した小林幸子(ゆきこ)さん(79)でした。終戦から65年後、被爆した親木の根元から出た芽は、成長を続け、『被ばく椋の木2世』と呼ばれるようになりました。今回の多摩探検隊は、戦争や原爆を乗り越えた椋の木の物語を追いました。

# by matsuno-lab | 2017-06-01 00:21 | 多摩探検隊

こちらに引越しました。

http://www.matsuno-lab.com
から、こちらに引越しました。


# by matsuno-lab | 2017-05-14 10:00 | ニュース

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