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Journalism & Media Studies

カテゴリ:多摩探検隊( 117 )


2004年5月から放送が始まった多摩探検隊は、今回制作体制を見直すことになり、今月の放送をもって休止とさせていただきます。多摩探検隊が始まってから早や15年が経ちました。これまで、地域に埋もれた話題や感動を掘り起こすことをテーマに、様々な取材を行ってきました。番組を通して、多くの人々と出会い、沢山の多摩の魅力と触れ合うことができました。今回の多摩探検隊では、「さようなら多摩探検隊、また逢う日まで」と題しまして、今までの多摩探検隊を、ゆかりのある方々と共に振り返ります。

by matsuno-lab | 2019-03-03 03:58 | 多摩探検隊

拓魂 ーある満蒙開拓団員の証言ー(後編)東京都多摩市聖蹟桜ヶ丘にある拓魂公苑。毎年4月の第2日曜日に、全国拓魂祭が開かれます。満蒙開拓に関する慰霊祭で1963年から続いています。この慰霊祭に毎年参加しているのが中込敏朗さん。かつて中込さんは家族と共に憧れの地、満州へと渡りました。しかし、ソ連参戦によって、穏やかな生活は一瞬にして逃避生活に変わり、約8万人もの民間人の命が奪われました。満蒙開拓とは一体何だったのか。ある元開拓団員の証言をもとに描きました。後編では、中込さんの家族との再会、満州からの引き上げ、そして那須での共同生活を描きます。


by matsuno-lab | 2019-02-01 11:39 | 多摩探検隊

拓魂 ―ある満蒙開拓団員の証言―(前編)東京都多摩市聖蹟桜ヶ丘にある拓魂公苑。毎年4月の第2日曜日に、全国拓魂祭が開かれます。満蒙開拓に関する慰霊祭で1963年から続いています。この慰霊祭に毎年参加しているのが中込敏朗さん。かつて中込さんは家族と共に憧れの地、満州へと渡りました。しかし、ソ連参戦によって、穏やかな生活は一瞬にして逃避生活に変わり、約8万人もの民間人の命が奪われました。満蒙開拓とは一体何だったのか。ある元開拓団員の証言をもとに描きました。前編では、中込さんと家族が満州へ渡った経緯、満州での生活、ソ連軍の満州侵攻までを描きます。

by matsuno-lab | 2019-01-01 13:57 | 多摩探検隊

2017年7月14日、東京都八王子市とドイツのヴリーツェン市が友好交流協定を締結しました。協定が結ばれた背景には、第二次世界大戦後のヴリーツェン市で、八王子市出身の肥沼信次医師が多くのチフス患者を救ったという歴史的事実がありました。今回の多摩探検隊は、肥沼の偉業とヴリーツェン市の肥沼に対する思いとともに、肥沼の生き方を後世に語り継ごうと奮闘してきた八王子市の人々の思いに迫ります。

by matsuno-lab | 2018-12-01 00:01 | 多摩探検隊

再起~あるムエタイ選手の挑戦~
高平大需選手は八王子市在住の35歳のプロのムエタイ選手です。2015年夏に試合に向けた減量のために体調を崩し、医師に再起不能と宣告されました。しかし、苦難を乗り越えてもなお、日本チャンピオンを目指すために、リングに上がり続けています。彼はなぜ、それでもなおリングに上がり続けるのでしょうか。倒れても倒れても戦う大需選手の挑戦の日々を、追いました。

by matsuno-lab | 2018-11-01 22:20 | 多摩探検隊

1964年4月5日、町田市の商店街に一機の米軍戦闘機が墜落しました。「町田米軍機墜落事故」です。多くの被害を出したこの事故から半世紀が経過し、事故を後世に伝えようと、市民団体が平和像を製作しました。しかし、平和像の設置について、市側は維持管理が難しいなどの理由で拒否しました。今回は、「町田米軍機墜落事故」を巡る住民と自治体の複雑な思いを描きます。

by matsuno-lab | 2018-10-01 05:58 | 多摩探検隊

「私は何者であるのか…」-ある台湾人学徒の証言-(後編) 太平洋戦争末期、日本の戦況が悪化し、政府は学徒勤労動員を行いました。その対象は当時、日本の統治下にあった台湾からの留学生も例外ではありませんでした。中央大学に在学していた梁(りょう)敬(けい)宣(せん)さん(93)は、台湾人でありながら、日本人として戦争に参加しました。しかし、終戦後、中国人として「戦勝国」の人間という扱いを受けることになります。戦争を機に、日本と台湾の間で生きることになった梁さんは、「自分はいったい何者なのか…」という問いに一生苦しめられることになります。今回は、戦争に翻弄された元台湾人学徒の人生を追いました。後編では、終戦時の様子、愛する人との別れ、アイデンティティの葛藤、そして特別卒業証書授与までを描きます。

by matsuno-lab | 2018-09-01 01:11 | 多摩探検隊

「私は何者であるのか・・・」-ある台湾人学徒の証言-(前編) 太平洋戦争末期、日本の戦況が悪化し、政府は学徒勤労動員を行いました。その対象は当時、日本の統治下にあった台湾からの留学生も例外ではありませんでした。中央大学OBの梁敬宣さん(93)は、台湾人でありながら、日本人として戦争に参加しました。しかし、終戦後、中国人として「戦勝国」の人間という扱いを受けることになります。戦争を機に、日本と台湾の間で生きることになった梁さんは、「自分はいったい何者なのか…」という問いに一生苦しめられることになります。今回は、戦争に翻弄された元台湾人学徒の人生を追いました。前編では、梁さんの生い立ち、勤労学徒時代の生活、そして終戦までを描きます。

by matsuno-lab | 2018-08-01 01:01 | 多摩探検隊

後編では異文化交流を経て、町民の外国人観光客への印象の変化を描きます。

by matsuno-lab | 2018-07-01 00:01 | 多摩探検隊

福井県高浜町。国際認証を取得した観光地があるのにもかかわらず、この町は観光客不足に悩んでいます。高浜町の住民たちは外国人観光客の受け入れを過度に身構えていました。そこで中央大学の中国人大学院生が中国語のプロモーションビデオを制作するため、高浜町を訪れました。1週間の異文化交流を経て両者の印象はどのように変化するのでしょうか。前編では中国人留学生から見た高浜町を描きます。

by matsuno-lab | 2018-06-01 00:01 | 多摩探検隊

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